国産CPAPで睡眠時無呼吸症候群の治療を変える、メトランの挑戦

Interview 2017年10月10日(火)

国産CPAPで睡眠時無呼吸症候群の治療を変える、メトランの挑戦

国産CPAPで睡眠時無呼吸症候群の治療を変える、メトランの挑戦

<専門家インタビュー> 睡眠時無呼吸症候群の治療に使われる持続的自動気道陽圧ユニット(CPAP)のほとんどが海外の製品で占められる中、人工呼吸器メーカーの草分けとして1984年に創業した株式会社メトランは、株式会社小池メディカルと共同で国産第1号となる「ジャスミン」を2006年に開発・販売しました。その開発の経緯と最新機種JPAP(ジェイパップ)のコンセプト、そして睡眠時無呼吸症候群治療のあるべき姿について、株式会社メトランの創業者であるトラン・ゴック・フック(新田一福)会長にお話をうかがいました。
【トラン・ゴック・フック(新田一福)氏】 株式会社メトラン 会長

株式会社メトランがCPAPを開発するようになったきっかけ

そもそも株式会社メトランがCPAP治療機器を開発するようになったのは、当社の製品を販売していた株式会社小池メディカルからの依頼がきっかけでした。私たちの開発技術力を高く評価してくれていた小池社長から、CPAPは海外の製品しかないので、ぜひ国産のCPAP装置を作ってほしいと頼まれ、二つ返事でお引き受けしたことが発端だったのです。

特許だらけのCPAP開発の壁を乗り越えた国産第1号

特許だらけのCPAP開発の壁を乗り越えた国産第1号

ところがいざCPAP機器の開発を始めてみると、実に奥が深いということがわかりました。もちろん、それはどの領域にも言えることではありますが、ことCPAPに関しては非常に多くの技術が特許で押さえられていました。しかも国内メーカーの製品がなかったため、それらの特許はすべて欧米で取得されており、そのことが大きな壁となっていたのです。 そこで私は、メトランの現・代表取締役社長である中根伸一君がスタンフォード大学で研究していたニューラルネットワークのことを思い出しました。スタンフォード大学はニューラルネットワークの研究では世界でもレベルが高いことで知られています。彼の卒業論文のテーマは気道の閉塞をニューラルネットワークで検知できるというものでしたが、このテクノロジーを使えば特許に関係なく独自のCPAP装置が作れるということがわかり、ようやく国産第一号という形で世に出すことができたのです。

睡眠時無呼吸症候群の患者として自分が使うために開発したJPAP

当時は、なんとかして要求された仕様通りのものを作り、いろいろな患者さんに使ってもらうというところからスタートしました。しかしその後、自分が検査を受けて睡眠時無呼吸症候群と診断されたとき、私は「それなら患者として自社の製品を使える!」と思いました。そして、競合相手の製品を知るため、他社の製品も片っ端から自分で試してみようと考えたのです。 日本で買えない製品は、アメリカで6年ほど仕事をしていたときの知人を介して、インターネットのサイトで入手しました。ベッドの周りにはありとあらゆるCPAP装置やマスクが置かれ、私の寝室はさながら実験室のようでした。毎晩違う機械を使っては、朝起きた時に「これは気持ちよく起きられた」「これはダメだ」と、それぞれの製品の長所・短所を徹底的に比較・研究しました。 今回開発したJPAPは、その研究を元に医師たちと議論をしながら、「自分が使うための機械」として開発したというところがあります。ですから、私が現時点でベストなものを作ったと思っていても、一方ではいいと思わないという意見も出てくるかもしれません。また、それまでのメトランの製品は、使う人のことをそこまで突き詰めて考えて作っていなかったという反省もあります。

CPAPの良し悪しは「呼吸仕事量」で決まる

CPAPの良し悪しは「呼吸仕事量」で決まる

CPAP装置の良し悪しを判断する指標のひとつに、私たちの専門用語で「呼吸仕事量」と呼んでいるものがあります。私たちが普段呼吸しているときには周りにいくらでも空気があるので、息を吸ったからといって周囲の圧力が下がることはありませんが、CPAPではマスクをつけ、機械を通して呼吸をサポートしてもらうことになります。ですから、たとえばスーッと息を吸うときに機械がサポートしてくれるとより楽に息を吸うことができます。 このサポートの仕方が適切でないと、息を吸おうと思ってもガスが入って来ないので息が吸えなくなりますし、息を吐こうと思ったときに機械が制御して圧を下げてくれないと余分な力が必要になります。つまり、呼吸仕事量がよくない機械は患者さんにとって使いづらいものとなってしまうのです。このことは人工呼吸器を扱ってきた我々メトランにとっては当たり前のことですが、睡眠時無呼吸症候群の領域では医師も含めてあまり議論されていません。

患者さんの使い心地が軽視されているCPAP治療

私は、CPAPを使うからには快適な睡眠を提供できなければ意味がないと考えています。私が初めて睡眠時無呼吸症候群の治療を受けたとき、最初の3ヶ月は眠くて仕方がありませんでした。CPAPを使っているのになぜこんなに眠いのだろうと思って医師に尋ねたところ、寝ている間に足がピクピクと動く病気、つまり周期性四肢運動障害があるから薬で治療をする必要があるという説明を受けました。 しかし、私にはどうも納得がいきませんでした。そこで自分でいろいろ考えてみると、たしかにCPAPのおかげで物理的に気道の抵抗を下げることができ、無呼吸は起こらなくなりましたが、脳は休んでいないのではないかと思ったのです。

CPAPに加温・加湿が必要だという間違った常識

CPAP治療では、圧力を発生させるブロアーと呼ばれる機械や加湿器を通して空気を送り、マスクをつけてそれを吸う必要があります。しかし、いろいろと調べてみたところ、加湿器がないと湿度が与えられないというのはおかしいのではないかと思いました。 一般的には寝室の平均湿度はだいたい50〜60%ですから、それよりも少しだけ余分に湿度を与えれば、普段我々の身体が感じている空気の温度や湿度に近い状態が保てるはずなのです。

人間の呼吸器は本来、素晴らしい加温・加湿の仕組みを持っている

人間の呼吸器は本来、素晴らしい加温・加湿の仕組みを持っている

鼻から吸い込んだ空気は鼻腔で乱流を起こし、粘膜から湿度と温度が与えられます。気管支に達するときには、ほぼ体温に近い温度に暖められ、湿度もほとんど100%の状態です。気管支が十分に潤っているおかげで、繊毛がバクテリアや細菌、ゴミなどを痰として体外に排出でき、マイナス数十度の外気を吸っても死なないのです。これは人間の持っている素晴らしい加湿・加温器の機能であるといえます。 一方、手術をするときには気道を確保するために人工呼吸器で気管内に挿管をします。気管内にビニールチューブを入れると、鼻腔から肺に至る呼吸器粘膜が持っている加湿・加温性能がすべてバイパスされてしまうため、もしも人工呼吸器から加湿していないドライガスを入れると人は死んでしまいます。ですから、人工呼吸器の加湿器は37度の温度と100%の湿度を厳密に維持することが求められます。 しかし、これに対して睡眠時無呼吸症候群の場合はマスクを使っています。つまり、鼻の機能はそのまま生きているので、基本的には加温・加湿の必要はありません。 ただし、圧をかけて空気を送り込むと通常の呼吸時よりも少し流速が速いので喉が渇きます。ですから、その分だけ少し湿度を補えば済むのですが、海外のメーカーのアプローチの仕方はそうではありません。今述べたような患者さんの状況に基づいて開発するのではなく、「呼吸補助」には当然のごとく「加湿器」と「ヒーターで温める」ということがセットになっているのです。

暖めた空気を一晩中吸っているとかえってよく眠れない?深部体温との関係

暖めた空気を一晩中吸っているとかえってよく眠れない?深部体温との関係

マスクで吸っているところへ30度に加温された空気を送るのは、私自身は決して良い方法だとは思いません。たしかに暖められた空気が入ってくると気持ちよく感じるという人もいます。私もそのことは否定しませんが、朝まで一晩中30度の熱い空気を吸っていたら、私個人の感覚としてはとても寝ていられません。 そこで私がいろいろな文献を調べてみたところ、眠っているときの深部体温が起きているときよりも0.5〜0.7度下がらないと脳が休めないという論文を見つけました。海外製のCPAP装置はどれも30度ぐらいに加温した空気を送るようになっていますが、私たちが開発したCPAPは加温していない常温のままで空気を送っています。たしかに使い始めに暖かい空気を吸うと、そのときは気持ちがいいと感じますが、8時間の睡眠中ずっとそれが続いてもいいというわけではないというのが私の考えです。

開発者から見たCPAP治療の課題

私はこれまで主に小児や未熟児用の人工呼吸器の開発に携わってきましたが、残念ながら人工呼吸器を自分で使ってみて確認することはできませんでした。ところが自分が睡眠時無呼吸症候群(SAS)であることがわかり、患者としてCPAPを使う立場になってみると、様々な問題があるということがわかってきました。 たとえば病院で患者さんにCPAPの機械を貸し出すと、次の月に受診するまでの間、患者さんが実際にどのように使っているのかということがわかりません。 CPAPは機械やマスクによってその最大圧力の設定を調整する必要があります。

CPAPの治療における様々な問題

CPAPの治療における様々な問題

睡眠時無呼吸症候群の治療に携わっている医師がCPAPのことをよく知らされていないというケースも珍しくありません。人工呼吸器にしてもCPAPにしても、医師が経験を積む機会がまだ少なく、特にCPAPの分野では、海外の大手メーカーも機械のアルゴリズムを絶対に教えないようにしています。 私は先日、ある医師から教育講演を依頼されたとき、自社製品のアルゴリズムを全部公開しました。そうしなければCPAPの機械が実際にどのように制御されているのかということが医師にわからないからです。現状では、それを理解しているのは医療機器販売会社の社員だけですが、肝心のところは公開していないというのが実際のところです。

CPAP治療からドロップアウトした患者さんのリスクとは

現在、CPAP治療からドロップアウトする患者さんは30%以上と言われています。睡眠時無呼吸症候群の患者さんはおよそ40万人とされていますから、その30%というと12万人になります。一方で、睡眠時無呼吸症候群の治療を受けないと、30%の人が将来糖尿病になるというデータもあります。 つまり、40万人のうち治療を拒否した人たちが30%いて、そのうちの30%、3〜4万人の人たちが糖尿病や高血圧になるということです。これは社会的にも極めて大きな問題です。なぜそれほど多くの患者さんがドロップアウトするかというと、睡眠時無呼吸症候群の治療をしている医療機関であっても、メーカーから提供される情報が十分でないことなどから、CPAPの使い方を正しく理解されていないところが多いからだと思います。

睡眠時無呼吸症候群の治療はどうあるべきか

私は知り合いのある先生のところで、患者さんにCPAPの機械を渡すときの様子を実際に見せてもらったことがあります。 暗い部屋に入るとベッドで患者さんが横になっていました。先生はCPAPの機械をつける前に、左右の鼻がどれくらい詰まっているかなど、患者さんの状態を細かくチェックしていました。普通はなかなかそこまで調べないのですが、患者さんの鼻の状態がどうなっているかわからないと、用意したマスクが合うかどうかもわかりません。多くの医療機関では販売会社の社員が持ってきたものをただ言われるままにつけるだけなので、患者さんがどう感じているのかわからないのです。 普段よく眠れていないせいか、患者さんはCPAPの機械をつけると5分ほどで眠ってしまいましたが、その場には患者さん本人だけでなく、奥さんにも一緒に来られていました。その先生は患者さんのベッドパートナーにも必ず来てもらうようにしているそうです。 先生は患者さんが眠ってから30分ほど経ったところで、いきなりAC電源のコードをコンセントから引き抜いて、もしこうなったらどうすればいいと思いますか?と奥さんに尋ねました。なぜそんなことをするかというと、地震などの災害が起きて停電になったときの対応をベッドパートナーの方が知らないと困るからです。そのために、患者さんだけでなくベッドパートナーの方にも使い方をすべて説明してからCPAPの機械を渡すのです。

患者さんや医師のためにメーカーとして行なっている取り組み

私は今後、呼吸仕事量を測るモニターを商品化して医師が使えるようにしたいと考えています。そうすれば患者さんが楽に呼吸できているかどうか、人工呼吸器のように波形ですべてモニターすることができます。そういったことを考えていかなければ、最終的に患者さんのQOL(生活の質)を高めることにつながりません。 メトランで考えている治療というのは、患者さんのQOLを含めたものです。未熟児用の人工呼吸器で言えば、ただ赤ちゃんが退院できればいいというのは医療の仕事ではありません。その赤ちゃんが後遺症のない人生を送れるようにすることが本当の意味での治療なのです。今までの治療は赤ちゃんが命を落とすことなく退院するということが目標だったのですが、私の考えは違います。 睡眠時無呼吸症候群の治療装置も未熟児用の人工呼吸器と同じように、単に呼吸が止まらないというレベルの製品を作るというのは、私たちメトランの目指すところではありません。患者さんはマスクをつけて眠るという煩わしさを我慢して治療をするのですから、その犠牲に対してもっと快適な眠りを提供し、脳がしっかりと休めるような睡眠体験が得られるようにするべきです。私自身が患者として自社製品を使っているからこそ、睡眠時無呼吸症候群の治療を今後そのレベルまで引き上げていかなければならないと考えています。 今回開発したJPAPが目指すところも同じです。目的は呼吸が止まらないようにする治療ではありません。本当に大切なのは快適な睡眠、快適な生活が送れるということです。そのために私はもっと快適な機械をこれからも作っていこうと考えています。

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