連載小説「眠らない女神たち」  第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(後編)

Serial Novel 2016年04月29日(金)

連載小説「眠らない女神たち」  第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(後編)

グレープフルーツのユウウツ

リビングではクマさん、もとい、パパが夕食を食べていた。見覚えのない発泡酒の缶もある。

「あれ、起きてきた」

パパの不用意な発言に私はいらっとした。起きてきちゃダメなのか。妻がそばにいてはリラックス出来ないというのか。

「よく寝ていたから起こさないようにしたんだけど…」

ご飯を食べながらもごもごと言う。あれ?一応は気を使ってくれた、のかな?

「里依紗が寝たらお弁当の準備するのよ。毎日やってるじゃない」

ああ、いやだな。こんなトゲトゲした言い方は、自分の声じゃないように聞こえる。自分自身の情けなさに私は大きなため息をついた。

「「ごめん」」

パパと私の言葉が重なった。お互いに目を丸くしている。

「違うの、今のは、ちょっと疲れたなあって思って」

私はため息の弁解をした。

「毎日、帰りが遅くてすまん」

パパは茶碗に盛られたご飯を見つめて言った。私の目は見ない。パパの声とキュウリの漬け物を噛む音だけが響く。

「さっき、里依紗を見て思った」

パリン、パリン。

「あっという間に大きくなるんだな」

ぼりぼりぼり。

「あたりまえでしょ」

私の責めるような口調に、パパはクマのような大きな体をほんの少しだけ小さくしたように見えた。やめてよ、私がいやな奴みたいじゃない。

泣き出しそうなのをぐっとこらえて、キッチンに行った。対面式なのでカウンターからパパの顔が見えるけれど、距離を取りたかった。流し台に無造作に置かれたパパのお弁当箱を洗う。洗ったらお弁当のおかずを作らなくちゃ。何にしようか。

パパの「ごめん」が私を打ちのめしている。なによ。ずっと無関心でいてくれた方がずっといいのに。視界の端で食事を終えたパパが食器を持ってくるのが見える。やめて、こないで。逃げるように私は冷蔵庫をあけた。

「なに、これ?」

冷蔵庫の中には大きなグレープフルーツが3つ、ででんと鎮座していた。赤ちゃんの頭ぐらいのグレープフルーツは冷蔵庫の主のようだ。

「もらってきた」

パパがこともなげに言う。流し台にがちゃがちゃと食器を置いた。

「会社に届いたんだよ。退職した先輩から段ボールで。どっかで果物作ってるらしい」
「そうなんだ」
「うん」
「大きいね」
「だろ?だから3つもらってきた」

ちょっと得意げに笑って、私と一緒に冷蔵庫をのぞきこむ。

「持って帰ってくるの恥ずかしかった」

グレープフルーツを1つ取り出して冷蔵庫を閉じた私に、相変わらず笑いながら話し始めた。

「いつも使ってるカバンに入らないし、ビニール袋も持ってないし、どうやって持ってこようか悩んでさ」
「うん」
「だから電車の中で抱っこして帰ってきた」

私はぷっと吹き出した。クマのような大男がグレープフルーツを腕に抱えて電車に乗っていただなんて、さぞ周りの人もおかしかっただろう。

「笑うなよ。恥ずかしかったんだぞ」
「知ってる」

うくくと笑いをこらえてはみたが、どうも無理っぽい。私はついに笑い出してしまった。里依紗を起こさないようにと思ったせいで、はっはっはとは笑えず、クカカカカになった。その笑い声がまたおかしくて、私もパパも声を立てて笑った。

「クカカカカってなんだよ」
「わかんない、そんな笑い方になっちゃった」
「カラスみてえ」
「パパだってグレープフルーツ抱えて電車とか」

私たちはキッチンでそっと笑い転げた。パパが何度も「クカカカカ」と口に出し、私はグレープフルーツを胸に抱えて電車のつり革につかまるポーズをした。まるで中学生のように笑う。笑い声が笑いを呼ぶとはこのことだ。笑いすぎて2人とも咳き込んだ頃に、やっとおさまった。

「明日…明日、里依紗にも、おし、教えなきゃ」

まだ完全には私の笑いは引かない。

「パパが、グレープフルーツを抱っこして帰ってきたんだよって」
「オレは、マ、ママが「クカカカカ」って笑ったって、教えてやろう」

パパの笑いもまだ少し続いている。

「3人で食べようね」
「うん。オレ、半分に切ってスプーンで食べたい」
「ぜいたく食いですか」
「いいんだよ。オレがもらってきたんだから」

私はふふふと笑った。

「風呂入ってくるわー」

パパは照れた笑いを浮かべながら、お風呂場に向かった。私は久しぶりに大笑いして顔も腹筋も痛かった。目尻に浮かんだ涙をぬぐう。

お風呂からあがったら2人でグレープフルーツを半分だけ食べようか。もう半分はていねいにむいて、里依紗のおやつに取っておこう。里依紗が食べるとき、パパとママで笑い転げた今夜のことを話してあげよう。きっと里依紗も大笑いするに違いない。だってパパとママの娘だもの。そのときはどうかパパも一緒にいてくれますように。

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