連載小説「眠らない女神たち」 第一話『チョコレートの魔法』(後編)

Serial Novel 2016年03月18日(金)

連載小説「眠らない女神たち」 第一話『チョコレートの魔法』(後編)

チョコレートの魔法

お昼休みになって会議室に向かう。通称・お弁当ルーム。お弁当を持参してきた人やコンビニなどで買ってきた人に対して、ランチタイムだけ解放されているのだ。自分のデスクで食べることも出来るが、フロアに於ける暗黙のルールでしないことになっている。たぶん過去に誰かがパソコンにカップ麺をぶちまけたんじゃないかと想像している。

ペットボトルのお茶とお手製のお弁当を持って席に着く。会議室の大きな机の真ん中あたりがいつの間にか私の指定席になっている。いそいそと中身の分かっているお弁当の蓋を開ける。今朝の気分で世界一有名なビーグル犬をかたどったご飯から、耳の部分の海苔がずれていて少しへこんだ。

「わあ!水川さんのお弁当、可愛い~!!」

女性特有の少し鼻にかかった高い声が隣からかけられる。お弁当仲間の古賀さんだ。古賀さんは今日もコンビニのチキンサラダと自宅から持ってきた雑穀おにぎりを食べている。

「すごぉい!自分で作ったんですか?」

古賀さんと一緒にご飯を食べていた松岡さんも、私のお弁当箱を覗き込んできた。松岡さんのお弁当箱はこちらが不安になるくらい小さい。

「うん。なんとなくキャラ弁の気分で…耳がずれちゃったけど」

照れ笑いを浮かべながら二人によく見えるようお弁当を傾ける。こんなことならゆで卵も飾り切りにすれば良かった。そんな時間も気力もないけど。

「水川さんって器用っすよねー」

しばらくビーグル犬を見ていた古賀さんが感心したように言った。私は首をかしげるしか出来ない。

「分かるー。まめっていうか、ね」

松岡さんと古賀さんがきゃっきゃと褒めてくるのを、曖昧に笑って受け流す。二人は構わず続けた。

「お弁当だけじゃなくって、普段もそうじゃないですかー」

「なんか、ちゃんと見ててくれてるっていうか…」

「私みたいな下っ端にもいつも「分からないことない?」て聞いてくれるしぃ」

「添付されてるグラフもいつも超キレイだし」

「魔法使いみたいなんすよ」

「そうそう、いつも先を先をって、ね」

「本当にまめっすよねぇ」

「まめって褒め言葉かな?」

「じゃ、なんて言うの?」

「気が利く、とか?」

「それ、ちょっと上から目線じゃね?」

二人の会話が私から移った後も、私はぼおっとビーグル犬を見つめていた。私は特に意識もせずやっていたことが魔法のように見えていたことが恥ずかしくもあったし、素直に嬉しくもあった。

30才を過ぎると他人から褒められることが皆無だ。やって当たり前で、出来なければ責められる。とはいえ、私は他人を責める気にはなれない。他人の出来を期待して自分の計画に組み込むから混乱する。自分が出来ることが他人も出来るとは限らない。そして自分が知らないことは他人も知らないと思っていた方が親切になれる。

半分に切ったプチトマトを咀嚼して、ソテーしたササミに箸をつける。

「ああ、そうか」

ぽとりとこぼした言葉はあまりに小さくて私自身の耳にも届かなかった。だが、私はにんまりと自分の口角が上がるのを感じていた。ずれたビーグル犬の耳も可愛いじゃないか。

早めにお昼を切り上げた。トイレで歯磨きをし、メイクを直す。今日は至って普通の通常通りのメイクだった。いつもの手順でいつものメイク。それなのにいつもより仕上げのチークが入れやすかった。

自分のデスクに戻る。引き出しをあけて、お徳用の小分けにされたチョコレートを2つ取り出す。ビターとストロベリーだった。それといつも飲んでいるティーバッグを1つ。コピー機の脇「再利用」と書かれた箱から薄いグリーンの用紙を1枚。小さな蓋なしの封筒を作って、チョコとティーバッグを入れた。いつか退職した女性社員がくれたハート型の大きめの付箋にメッセージを書く。

こんなことがなんになる?と思う。何も変わらないか悪化するかもしれない。こんなことをしても隙のないアイラインも腕まくりしたシャツもタイトスカートも苦手なままだろうし、リバティ柄のマグカップを買おうとも思わないだろう。それでもやってみたいのだ。

小さなチョコレート詰め合わせを、まだランチから戻っていない美月のデスクに置いた。

美月が戻ってくるまで何度も回収しようとした。その度に私は古賀さんと松岡さんの会話と、太田さんのにっこりを思い返した。

午後になっても美月からのリアクションはなかった。けれど彼女が誰かに八つ当たりすることもなかった。

午後3時をまわり、ウォーターサーバーからお湯を入れるためにマイボトルを持って席を立つ。朝よりも疲れていた。仕事だけに集中すればいいものを、私は余計なことをしでかしたのだ。お湯を注ぎながらため息をつく。

マイボトルをデスクに置くと、ハート型の付箋がパソコンのキーボードに貼り付けてあるのに気がついた。

美月に突き返された!心臓がひゅっと小さくなった。ああ、それならチョコと紅茶も返してくれればいいのに。だがよく見ると、小さな付箋が貼り付けられていた。書類の脇につけるようなよくある付箋だ。

そこには右上がりの走り書きみたいな文字で
「ごめん。ありがとう。 みづき」
と書いてあった。

美月の方を向くと、絶対にこちらは見ませんというオーラを醸し出して、眉間にしわを寄せてパソコンを睨んでいた。
私は初めて美月に勝った気がした。

第二話 『多面的トレード』(前編)」に続く

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